エンジニアを目指した原点、専門入学

ストーリー

この記事は、

エンジニアをやめようと

何度も思ったぼくが、

年収1,000万円を突破するまでの物語です。

 


 

1994年10月3日、徳島県で生まれました。

小学1年生の頃に両親が離婚し、

母と、その祖父母の家で育ちました。

 

祖父母は「さんぱつ屋」を自営していて、

歳だったこともあり

「自営業は会社員みたいに退職金がないから、しんどくても働かなければいけないのよ。」

「ウチには、育てるので精一杯で、残してやれるお金ないからね。」

など、

「自営業はしんどい。会社員は楽に生きれる。」

「ウチにはお金がない。」

と言ったマインドでした。

 

そのためか、

「あんたは、良い高校、良い大学に行って、良い会社に努めなさい。公務員もいいね。」

と言われて育ってきました。

 

中学までは

塾に行かせてもらっていたこともあり、

学年では10位以内くらいの成績でした。

 

そのおかげで、

高校は志望していた(というかさせられていた)

偏差値65くらいの普通科に入学することができました。

 

しかし高校では、

万年赤点の学年最底辺。

極めて落ちこぼれでした。

 

中学まで

母や祖父母に言われて」頑張れた勉強も、

高校からは「なんのために勉強するのか」

自分なりの答えを見つけられず、

友達と遊んだり、

アニメ、漫画、ゲームなど

遊び三昧。

 

なんとなく、

いけそうな大学へ進学を目標に

センター試験を受けるも、

400点代で浪人するしかない状況。

仮に浪人しても、

高校で勉強をサボりまくったぼくが

1年でどこまでいけるか、、、

 

そんな状態になって初めて、

将来どうなろうかな

と真剣に向き合うことができました。

 

祖父母の経済状況は、

実はそれほど「貧乏」ではなかったですが、

育ちは貧しかったらしく、

その時のマインドが影響しているようでした。

 

当時のぼくはそんな想像はできなかったので、

普通に暮らしていけるくらいの

経済力はあるはずなのに、

「ウチはお金がない」

「もし私たちが働けなくなったら、

 シマヅちゃんが稼いでね」

と言われ続けたからか、

「普通くらい稼ぐだけじゃダメなんだ」

はやく稼げるようになりたい」

と思うようになっていました。

 

母からは

「1年浪人してでも大学に行きなさい。

 そうすれば、楽しい大学生活が待っている。

 大学は人生の夏休みって言うよ。」

と言われましたが、

 

浪人して1年かけて勉強し、

その後大学で4年間、学び、遊び、青春する。

それで、「はやく」稼げるようになる

イメージができませんでした。

 

この先、

「どう稼ぐか」を

漠然と考えて

仕事は一生していくハズだから

 自分が興味を持って学び続けられる

 ジャンルじゃないと

 稼ぎ続けるのは難しのではないか

と思いました。

 

昔から人を驚かせたり

楽しませるのが好きだったので、

エンタメ業界へ入りたい

と思い調べてみましたが、

 

「激務」

「稼げるのはほんの一握り」

「自分の夢を切り崩して、人に夢を渡す仕事」

 

など、ネガティブなワードがずらり。

そんな中、親戚でゲーム会社を立ち上げた人がいることを

祖父母から聞きました。

 

「そうか、ゲームを仕事にする選択肢もあるか、、、」

そう思って、その日のうちに電話。

近いうちに会ってもらえることになりました。

 

「アイデア」で勝負する

企画職とかどうかなと思い

相談してみるも、

「アイデアはあります!」だけの人なんて要らない

と一蹴されました。

 

しかし、プログラマーなら、

人手は足りていないし、

収入も普通のサラリーマンより

上がっていくかも。

仮にそこまで極められなくても、

食い潰れることはないかも

と言われました。

 

暗闇をかきわけて

四方八方をさまよっていたぼくに、

「プログラマーならチャンスあるかも」

と道を示してくださって、

目の前が晴れていくような感覚。

「もちろん勉強は必要だ」と言われましたが、

逆に、勉強すれば誰でもチャンスをつかめるかもしれない。

そう思うと希望がもて、

勇気が湧いてきました。

 

そして

「ゲームプログラマー」になる

と決意。

 

これまでITリテラシーは全く培って来ず、

当時はニコニコ動画やアレなサイトを見るくらいで、

ツールを使ったりすることもなかったのですが、

ゲームをつくるための勉強なら、

将来に繋がる勉強なら、

いくらでもできる気がしました。

 

そのための専門学校を探し、一人で東京へ見学。

専門学校の体験をして、2年制へ入学を決定。

 

専門学校では

C, C++, DirectX、独学でUnity, C#を学び

ゲームを作りました。

もともとのITリテラシーが低めで

プログラミング経験もなかったので、

他のクラスメイトよりもスタートダッシュは後れました。

 

なんとか追いつこうと、

授業後にクラスメイトから

たくさん教えてもらいながら、

勉強しました。

 

2年生になって、

バグだらけのオリジナル3Dアクションゲームをポートフォリオに

就職活動を行いました。

 

最初はお見送りメールを

多数いただきましたが、

その度に改善し、

面接でアピールする内容を変え、

段々と内定を頂けるようになりました。

 

そしてついに、

憧れの大手ゲーム会社から

内定を頂くことができました。

同じく内定を承諾していた

クラスメイト達と肩を組んだのを

今でも覚えています。

 

卒業制作では

8人くらいのチームで

リーダーをまかせてもらい、

相談して、音ゲーを開発。

 

代々木体育館で発表し、

たくさんの人に遊んでもらって、

「これ、本当に学生が作ったゲーム!?」

「すごい、面白い!」

とポジティブな感想を

たくさんの人からいただけました。

 

バグだらけで、

コードを後から読むのは厳しいような仕上がり。

それでも成果物として、

知人に、会場に来た人達に遊んでもらえて

 

面白い!

 

そう言ってもらえたことが

本当に嬉しくて

自信がついた状態で卒業することができました。

 

「ここからもっと頑張って、稼げるようになるぞ」

と息巻いて、

これからお世話になるゲーム会社への

期待で胸を膨らませ、

入社日を迎えることとなりました。

 


 

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